小説と現実は違う 私の多面性

小説を書いたことありますか?

私は学生時代に課題で小説を書く宿題が出て、書いたことがあります。

2万字〜3万字程度の小説でした。

小説では「主人公はこういう性格で、こういう生い立ちだから」と主人公の行動に矛盾がないように主人公を動かします。

矛盾があると、「この主人公はこういう性格なのに、ここでこういう行動をするのはおかしい」と国語の先生に指摘されるわけです。

しかし現実での私たちの行動は「こういう性格だから、こういう時はこうする」と必ずしも決まっていないです。

その時の気分で行動を変えることもあるし、昨日まで信じていた価値観をひっくり返されて180度違う物の見方を今日から突然することもあります。

「自分はこう!」と決めたはずなのに、「本当にそうなのかな?」と悩むことも多いし、「自分はこう!」と決めたことと違う行動をとってしまうこともあります。

友達や家族と話をしていて、「結局何がしたいわけ?」と言われることがありますが、「私の本心は何がしたいのかな?」と迷うことも多いです。

そして「結局何がしたいわけ?」と言う他人は、こちらの行動に一貫性を求めてくるわけですが、結局他人事なのかなとも思います。

他人に対してってすごく客観的で最もらしい意見を言えるけど、それって他人事だからなのかなと思うのです。

他人から見たら一貫性がなくておかしな行動を取るのもよくあるのが人間です。理性ではなく、様々な感情で日々行動しているのですから。

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言動の一貫性に縛られすぎない

最近は、あまり自分の行動や意見に一貫性を求めすぎなくてもいいんじゃないかとも思います。

「元気な自分」「卑屈な自分」「自信がある自分」「自信が持てない自分」「結婚したい自分」「結婚したくない自分」など、一見矛盾した多面性を皆が持っていると思うので、その時々で違う自分が出るのは別に変なことでもないと思っています。

時には社交的になってみたり、一方人を煩わしく感じる時があったり、人に無償で尽くしてあげたい時があったり、ちょっと意地悪なことを言ってしまう時があったり、そういう多面性が現実の私たちの人格なんだと思います。

私は結構感情の起伏が激しいタイプで、自分は二重人格なんじゃないか、多重人格なんじゃないかと悩んでいた時期があります。

「今日はなんだかいつもと違うよね」と友達に言われるたびに「え?ダメなのかな」と悩んでいました。10代の昔の話ですが。

私はこういう性格だからこういう時はこうしなきゃいけないと20代前半の頃は「自分で決めた自分の性格、他人に思われている自分のキャラクター」に囚われていました。

男性が嫌いだった時期もあります。

その当時の私を知っている友達が、今婚活をしている私を見たら「え?ガツ子が婚活?似合わない」とか、「そんなタイプだったっけ?」と言われることも多々あると思います。

「昔と変わらない」という言葉は、まるで自分が一貫性があって芯がぶれない人間であるかのように思える言葉ですが、見方を変えれば「何も変わっていない。成長すらしていない」と思われている可能性もあるのです。

昔の自分、いつもの自分にとらわれすぎて、いつもの自分ならしないことを本当はしてみたいのにできない、という場合には、いつもの自分と真逆のことに挑戦してみるのも良いと思います。

いつもべったりの家族と離れて1日だけ一人の時間を持ってみたり。

いつもの友達と少し距離を置いてみたり。

職場でいつも一緒にランチに行っている同僚に断りを入れて、一人で食べてみたり。

普段はお一人様が好きだけど、賑やかな新しいサークルに入ってみたり。

いつもなら話さない人に話しかけてみたり。

引っ込み思案だけど大勢の人が集まるパーティーに参加してみたり。

成長と共に周りにいる人(友人)が変わっていく人たちがいますが、それは自分を変えている人なのかなと思います。

もちろん変えたくなければ変えなくてもいいのです。好きに生きるのが自分の人生ですし。

そして自分の言っていることや性格をコロコロ変えたりすると結構周りから不審がられるということはあるかなと思います。

そんな時は「最近、考え方がガラッと変わったんだよね!」と笑顔で言っておけば良いかなと思います。

自分の多面性を楽しむ。

昔と全く違う自分の変化を楽しむ。

そういうのもいいなと最近思うようになりました。

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